分子病理・細胞学分野
法医・免疫検査学研究室
研究内容
臨床検査学を基盤に、法医学、自己免疫・炎症性疾患、輸血検査・検査支援の3領域を中心として研究を進めています。
法医学・死後検体
法医解剖・検案で得られる各種検体を対象に、死因鑑別や死後変化を考慮した測定値の解釈を研究しています。臨床検査学・分析化学の手法を法医学へ応用し、客観的な死因評価につながる指標の構築を目指します。
研究テーマ1: 死後検体の臨床化学的評価と死因鑑別
血清は臨床検査で最も一般的な測定対象です。一方で死後時間が経過した場合、赤血球が溶血し、血清が得られないケースも多くあります。そこで法医領域では脳脊髄液、硝子体液などを対象として臨床検査試薬による測定を実施することがあります。その結果は外見的所見に乏しい事例において死因推定に貢献できる可能性がありますが、臨床検査試薬は生体由来検体を対象としており、遺体由来検体を対象とした測定については十分に検討が行われていません。
当研究室では死後検体を対象に、生化学・免疫学的検査値の死後変化や検体間差を解析しています。また、ケトン体などの代謝関連物質を測定し、糖尿病性ケトアシドーシス、アルコール性ケトアシドーシス、低体温症などの死因鑑別への応用を検討しています。
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研究テーマ2: 中毒・化学分析
自然界に存在するものから向精神薬等の薬毒物、生活環境で発生す る有毒ガスなど、私たちの身の回りには中毒を起こしうる様々な物質が存在しています。本研究室では血液や尿などの試料を対象とし、高速液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)などの化学分析装置を用いて各種薬毒物や中毒マーカーの分析法の開発を目指します。これら分析法は法医領域での死因究明や救急医療での診断に大きく寄与するものと考えています。
当研究室ではこれまでに、北海道大学大学院医学研究院 法医学教室と共同で患者血液中に中毒物質として含まれるジギトキシンをLC-MSによって同定・定量しました。これにより中毒の原因がジギタリスの誤食であることを確定しました。現在、国内でジギトキシンを測定できる臨床検査試薬は販売されておらず、質量分析という手法だからこそ得られた結果です。同様に中毒死が疑われた事例の遺体体液から、イヌサフラン、アコニチン系アルカロイド、ストリキニーネ、バクロフェンなどを同定・定量しています。
自己免疫・炎症性疾患
自己抗体や炎症関連因子を手がかりに、自己免疫・炎症性疾患の病態解明と検査指標の探索に取り組んでいます。臨床検査学と病理学的解析を組み合わせ、疾患の発症・進展に関わる機序の理解と、新たな診断・評価法につながる知見の創出を目指します。
研究テーマ: 自己免疫性血管炎の病因・病態解析
MPO-ANCA関連血管炎(MPO-AAV)は好中球が持つミエロペルオキシダーゼに対する自己抗体が陽性になり、小型血管炎を発症する自己免疫疾患です。MPO-AAVの病態形成には好中球細胞外トラップ(NETs)が深く関与していることが明らかになりつつあります。NETsとは好中球が体内に侵入した病原微生物を効率的に処理するための自然免疫機構であり、生体の維持に 不可欠な役割を果たしています。しかし過剰に産生されるNETsや異常に残存するNETsはMPOに対するトレランス破綻を招き、MPO-ANCA産生の要因となります。近年、MPO-AAV患者の血中にはMPO-ANCA以外にも自己抗体が存在することが明らかになりましたが、それら自己抗体は一部を除けば対応抗原も明らかでなく、標準化された測定法も確立されていません。これは施設間での比較が困難であることを意味しており、MPO-AAVの病態解析において障害となっています。
本研究室では培養細胞や健常人好中球、モデル動物などを用いて好中球に関連した自己抗体の解析を行います。それによりMPO-AAVの病因・病態解析にアプローチし、新規治療法や検査マーカーの発見・開発を目指します。


輸血検査・教育支援
輸血検査に関わる測定法や判定法の検討に加え、検査技術の習得を支援する教育ツールの開発と評価に取り組んでいます。臨床現場と教育 現場の双方を見据え、より安全で効率的な輸血検査の実践と、実務につながる教育手法の構築を目指します。
研究テーマ1: 輸血検査における消去法トレーニングツールの開発と教育効果の評価
不規則抗体同定検査では、反応パターンと血球抗原の組み合わせから可能性の低い抗体を除外する「消去法」の理解が重要です。一方で、抗原の量的効果(dosage)など複数の条件を考慮する必要があり、初学者にとって習得が難しい手技の一つです。
当研究室では、消去法を繰り返し練習できるWebベースのトレーニングツールを開発し、学習過程や正答率などを用いて教育効果を検証しています。輸血検査に必要な思考過程を可視化し、自律的な反復学習を支援する教育手法の構築を目指しています。


研究テーマ2: 生物学的製剤投与下でも実施可能な輸血検査の開発
生物学的製剤とは遺伝子組み換えや細胞培養技術によって製造された薬剤であり、特定の分子を標的とする抗体を有効成分とします。特定の分子を狙い撃ちするため一般に高い効果が望めるとされます。
免疫チェックポイント阻害剤も生物学的製剤のひとつです。免疫チェックポイント分子とは細胞が免疫細胞の認識から逃れるために発現する分子であり、ガン細胞もこの分子を高発現することで免疫による排除から逃れています。免疫チェックポイント阻害剤はこの分子を抗体でマスクすることで、免疫担当細胞によるガン細胞の排除を促進するものです。外科的切除や化学療法など、これまでの標準治療では十分な治療効果が得られなかった症例でも有効である一方、副作用などの負の側面も当然認められます。
輸血検査において認められる偽陽性も生物学的製剤がもたらす負の側面の一つです。輸血副反応を引き起こす抗体を不規則抗体と呼び、この不規則抗体が患者の血液中に含まれるか否かを赤血球と反応させて調べます。ダラツムマブやマグロリマブといった免疫チェックポイント阻害剤が認識するCD38やCD47は赤血球表面にも存在するため、赤血球が非特異的に凝集してしまい、安全な輸血療法の障害となります。当研究室ではこの非特異的な反応を回避する検査方法の開発に取り組んでいます。


